監視カメラからのご提案
宇宙ステーションのモジュールは、各パートナーの独自仕様となっているが、内部のシステムや接合部のカップリングは共通仕様だ。
ただしーEMの与圧部と曝露部をつなぐこのカップリングは、できるかぎり自主技術の範囲を確保したいという科学技術庁やNASDAの意向もあって、独自で開発したJAPANユニーク≠フタイプである。
しかし席替えのおかげで、このJAPANユニークのカップリングも設計変更を迫られたし、耐振試験に追われてしまった。
もっとも、変更を迫られたのは日本だけではない。
ESAの実験モジュールもやはり「ノード2」に結合されるので、日本と同様にデブリ対策などに追われた。
その一方で、ロシアが提供する「サービス・モジュール」や「研究モジュール」は、飛行方向に対して一番後ろである。
外壁がわずか一・六ミリと、EMなどとは比較にならない薄さだから、やむをえないのかもしれない。
それにしてもロシアの参加は、さまざまな種をまいた。
それも、宇宙ステーションの最初のモジュールである「ザーリヤ」を打ち上げるまで、悩みの種はまかれつづけた。
たしかにロシアは、宇宙活動においてはアメリカよりも経験と実績がある。
宇宙の滞在時間で比較しても、アメリカはスカイラブで記録した八十四日間が最長だったのに対し、ソヴィエト時代のミールでは四百三十七日にもなる。
くらべものにならないといってよいだろう。
それにミールは、無人の物資補給船プログレスとの接触事故や、内部でのコンピュータの故障など、さまざまなトラブルを経験しながらも運用をつづけてきた。
こうしたトラブルを乗り嘲越えてきた経験は、カネでは買うことのできないノウハウだといってよいだろう。
緊急時の対応策をはじめ、数値には換算できないノウハウが凝縮されているはずである。
しかし、そのロシアにも乗り越えられない事態があった。
経済危機である。
ロシア側の事実上の開発主体である科学生産公団エネルギヤは、大型ロケットのエネルギヤやミールの開発を担当してきた。
冷戦時代には西側の国々からシャトルスキー″と椰輸された、スペースシャトルにそっくりの宇宙往還機「ブラン」も、エネルギヤの開発である。
だが、ブランは冷戦崩壊直前の八八年に試験飛行をしただけで、その後は打ち上げの計画はない。
大型ロケットのエネルギヤも、生産中止に追い込まれた。
そして、十年の耐用年数をとっくにすぎたミールも、後継機がないままである。
実はソヴィエトは、冷戦崩壊のまえから、その後継機の開発計画をすすめていた。
「ミールにいるとき、ソヴィエト連邦が消滅した。
あとは周知のように、雪崩現象だ。
もはや宇宙開発の新規プロジェクトにまわす予算など、なくなっていた。
アメリカが宇宙ステーション計画への参加を打診したのは、そういうときである。
アメリカ側に思惑があったことは前述のとおりだが、それ以上にロシアにとっては願ってもない誘いだった。
なぜならば、技術というものはつねに高度な開発をつづけていないと、急速に衰退してゆくという宿命をもっている。
経済危機でほとんどのプロジェクトが中止に追い込まれていたロシアに、宇宙ステーション計画は開発を継続するための、ふってわいたチャンスである。
しかもアメリカは、参加するなら四億ドルも供与することを提案したのだから、まさに地獄に仏だった。
こうしてロシアは参加した。
そして「ミールH」の開発計画が復活した。
宇宙ステーション建設の最初のモジュールである「基本機能モジュール(FGB)」は、実はミールHの一部なのだ。
つまりバイコヌールからプロトン・ロケットによって打ち上げられた「ザーリヤ」というロシア名のモジュールは、ミールHだったのである。
しかも製作したのはモスクワの国営企業フルニチェフで、総まとめと試験は科学生産公団エネルギヤだが、開発費を出したのはアメリカ、所有者もアメリカという、ややこしい関係なのだ。
しかし話はややこしいが、ロシアにとっては技術開発の道を手に入れたという意味でも、ミールH開発のために蓄積してきたものを活用できたという意味でも、プラスだった。
そしてアメリカにとっても、実績のある技術で最初のモジュールを製作できたという意味で、メリットがあったのだ。
ただし、これで話が丸くおさまったというわけではない。
ロシアが提供するはずだった「サービス・モジュール」の製作は、まったくすすんでいなかったのである。
サービス・モジュールは、基本機能モジュール(FGB)、つまりザーリヤに結合する部分だ。
FGBに備わっている軌道や姿勢の制御、また発電設備や熱制御システムなどのシステムを駆使して建設をすすめてゆくときの、宇宙飛行士たちの居住用である。
このサービス・モジュールとFGBの結合により、人間の滞在が可能になる。
こういう手順で計画されているから、ザーリヤが打ち上げられたら、次はユニティー、その次はサービス・モジュールとなる。
ところが、一九九七年の十一月に予定されていた建設開始のわずか一年前になっても、サービス・モジュールはできていなかったのだ。
アメリカが、すでに開発費を供与したにもかかわらず、それは製作費には直接あてられず、どこかを経由するうちに目減りしていたのである。
そのため、スタートはまたも延期された。
一時は九八年の六月と決定したものの、それもまた延期された。
そして九八年の十一月、ようやくサービス・モジュールの目処もつき、建設計画がはじまったのだった。
宇宙ステーションの完成は、予定では二〇〇四年である。
その後十年間にわたって運用されることになっている。
この十年のあいだに、さまざまな実験と観測ができるだろうし、新しい発見もあるにちがいない。
しかし一方で、予想外のトラブルもあるかもしれない。
それも運用や機器の故障などではなく、ロシアの国内事情に端を発するトラブルである。
宇宙ステーション計画は、たしかに有意義な宇宙活動だ。
これによって人類は、いままでとはまったくちがう領域に足を踏み入れることになる。
だが、宇宙ステーション計画だけが宇宙開発ではないし、唯一の宇宙活動でもない。
世界的な欲求から生まれた計画でもない。
NASAが立案し、スターウォーズを提唱していたレーガン大統領が「ゴー」を出したものだ。
そのうえめざすところは世界情勢とともに変化してきた。
たしかに国際協同の計画は大切だし、それが現代世界のトレンドでもある。
しかし、それに全体垂をかけるのは、ベストの選択とはいえないだろう。
アメリカとソヴィエトが宇宙を舞台にして軍事と有人宇宙飛行計画で競争をしていた六〇年代のはじめ、欧州宇宙ロケット開発機構(ELDO)は、技術分野での力をつけようと、実験衛星や商業衛星の打ち上げ計画をすすめていた。
結果的にはロケット開発の失敗で頓挫したものの、めざした方向にまちがいはなかった。
同様に、日本も宇宙ステーション計画においては、一定の距離をおいて冷静な目で見てゆくことも重要だろう。
この計画は、あくまでも米ソ対立からスタートしたものである。
その対立関係が一転した現在、宇宙ステーションのレーゾンデートルは強烈な方向を失い、国際協同″という枠組みに重点が移動している。
はっきりいえば、方向性がかなり曖昧になってしまった。
宇宙活動に国際協力は不可欠なのだが、こうした状態で精力を注ぎ込むのは感心できない。
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